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醤人ブログBLOG

大髙醤油 昭和物語 ⑦フジトラつゆ誕生秘話(3)

こんにちは。大髙醤油先代社長、現在は会長の大髙和郎です。

先日、大阪を中心にかなり大きな地震がありました。被害に遭われた方々の一日も早い暮らしの復旧をお祈りいたします。

 

シリーズ・大髙醤油昭和物語、第7回目は誕生しためんつゆ(フジトラつゆ)のさらなる改良の日々のお話です。(こちらが前々回前回

 

 

第7回 フジトラつゆ誕生秘話(3)

褒められること、叱られることの力

 

伊勢丹さんの料理長に認めてもらい、めんつゆを毎朝配達するようになりました。

 

そのため、ステンレス製の大きな窯を特注品で購入し、会社のボイラー担当の金子さんと、醤油蔵の緑川さんを「つゆ専属」の係にしました。

本格的な製造を開始したのです。

 

毎朝届けるうちに、伊勢丹さんの担当者の方から「本当に助かってるよ! ありがとう」と言われることがまた大きな励みとなりました。

醤油だけを製造していた頃にはいただかなかった言葉でした。

 

ところが、すぐに問題が発生したのです。

 

伊勢丹さんに届け始めた当初は冬、たしか1月か2月からだったと思いますが、寒い時期のスタートでした。

しかし徐々に春から夏になり暑くなった頃、担当者から慌てた様子の電話がかかってきました。

 

「めんつゆの缶が破裂して、みんなカンカンに怒ってます」

 

暑さで、缶の中にガスが発生して破裂したのです。

 

製造を始めたと言っても、すべて手作りの、いわば家庭で作る調味料のようなもののため、不純物も混ざっていたようです。

 

こちらも慌てて、ろ過をして不純物を取り除いたり、砂糖などの糖分を再度調整したり、またしても修正を繰り返しました。

 

この種のことは先発メーカーではとっくに知っている技術でしょうが、当社としてはまったく新しい知恵絞りです。

味、風味を変えずに日持ちする対策を講じるのは、大変な作業でした。

 

数か月かけて、ようやく味と品質が安定し、改めて「これでよし」とのお返事をいただけるようになり、安心しました。

 

主力商品「めんつゆ」の出荷

 

その後はめんつゆの注文も増え、最初は1日に5~6缶だったのが、20缶、30缶と依頼をいただくようになりました。

 

この頃、私にとってとても印象深かった言葉があります。

 

事務の若手社員の田辺さんが、

「社長、このつゆだけで毎日トラック1台が出るようになるといいですね」

と私に言ってくれたのです。

しかも、とても明るい表情でした。

 

以前お話したように、会社はしばらく停滞した時期がありました。

その時のなんとも沈んだ雰囲気とはまったく違う、やる気と楽しさに満ちたものが社内にあふれ始めた感覚です。

 

これは経営者として、何よりもうれしいことでした。

 

もちろん、その後もめんつゆ「フジトラつゆ」の改良は何度もありました。

 

伊勢丹さんの料理長からも、味や色合いについて、たびたび厳しい指導を受け、その都度改善してきました。

 

はじめは不完全だった商品ですが、叱られながら、叱られながら、しかし取引を絶たれることなく、完成品と呼べるものになるまで指導していただきました。

 

「よくやった、ありがとう」と呼ばれる商品を初めて生み出せた。

このことは私にとっても会社にとっても、大きな自信につながったと実感しています。

 

今回はこのへんで失礼します。次回もどうぞお楽しみに。

 

「大高醤油 昭和物語」は、こちらからまとめてお読みいただけます。

 

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